どこに立って希望を観るか
自分はどんな人だろう?
日々を絶望して生きている人が居て、日々を輝いて生きている人が居たとする。
両極を書いた。けれど色んなグラデーションを帯びた人が、あなたの周りにも、あなたの中にも居ると思う。
たとえ、今、絶望していようと絶望の人が居るのではないと思う。絶望を抱いている人がいるだけだ。絶望とその人は同じではない。
何度も書くようだが、自分の経験の中で言うと、ささやかに絶望していた時期がぼくにはあった。その時ぼくは暗い人間なんだと思って居たが、どうやら違ったようだ。
絶望は抱いていただけだった。絶望の中から指をくわえてみていた希望が、いつしか希望の中から希望をみれるようになっていった。
絶望からみていた希望と、希望から見る希望はまた違うものだった。
絶望をくぐることで、希望という明かりを見たかったのだ。
明かりにあふれていることを感じたくて、自分を暗くしたのだ。
絶望をお勧めしているのではなくて、ただ通過点だということを知って欲しい。
通過した今、明かりを増した自分がいる。通過しなくても明かりだと知れたら幸せだと思う。
絶望が、あなたではない。
僕らはもともと光だ。どんなにその光をしぼめようが光には変わりない。
希望に立って、希望をみる。
飛んで陽にいる夏の蝶
生物の授業で、走光性というのを習う。太陽の光に向かって伸びる植物や、夜の街灯に集まる蛾や虫たち。光に向かって移動するのを正の走光性という。
そのことを生物の授業や大学で習っていたぼくが驚くことがあった。
愛に溢れた年上の方を送迎する機会が何度かあった。夏の日差しが強い中、その方を助手席に乗せ運転した。運転していて、とあることに気がつく。走る車に向かって蝶が飛んでくる。しかも、助手席のフロントガラスへ向けて。何度も。40~50キロで走っている車に蝶や蛾が飛び込んでくるのが止まることはなかった。送迎する度にそれは起きた。夜、運転したその方のフロントガラスには数え切れないほど飛び込んだ後が残っていた。飛び込んでくる蝶や蛾に対し、送迎している時運転しながらも僕は驚きの眼でみていた。その人の光に蝶や蛾は飛び込んで来ていた。やっぱり、光なんだ。人は光なんだ。
人は光である。
これはまぎれもない事実としてぼくのなかに焼きついた。身をていしてそれを教えてくれた蝶や蛾たちにはこころから感謝している。
日々を輝いて生きている人、とはどういう人だろう。
そして、輝くとはどういうことだろう。
あなたはどんな時に輝くだろうか。
答えは同じではないだろうし、答えは変わっていくものかもしれない。
ぼくもそれを自分に問いかけている日々であります。
お〜!こんな色も自分にはあるのかっ!
この色が好きだなぁ〜!
混ぜても面白いなぁ〜!
なんて
真っ白いキャンパスに描くように
生きていたい
High Five✨🙌✨🌈🌈🌈
希望という虹をかける
友人のキャンプウエディングで風船🎈を飾る。楽しい😭✨🙌🌻
台風とお家とお父さん
台風がくるたびに父は大変だ〜。大変だ〜。となる。木造の家を心配する父。もはや恒例行事。大変だ〜、と言い続ける父に解決するアイディアを幾つか提案する。それは心に届かないようで、大変だ〜と言い続ける父。
ふとした、時に父が言う。
「台風は親父を思い出させるんだよな〜。」
きた!!!と思った僕。
驚いてそこを掘り下げなかったのだけれど、そこで繋がった。
父のおやじ、僕のおじいちゃんは酒が入ると人が変わり子供に包丁を向けていたようだ。そして、他に家庭を持ち、家には居ない存在だったとのこと。僕の記憶がある頃にはすでに戻って来ていて、寡黙なおじいちゃんのイメージしかない。そんな彼も他界した。
父の母、僕のおばあちゃんは病院で生活している。疲れていても、足を向かわせる父は、記憶がおぼつかなくなったおばあちゃんとじゃんけんをして遊んでいる。僕ら兄弟の名前を忘れないよう帰るまでに何度も繰り返しおばあちゃんに聞いてくれている。
自然の営みである台風。
人間の気持ちとは関係なく、猛烈な雨と風でなぎ倒したり、吹っ飛ばしたりするその存在は、父にとってはおじいちゃんそのものだった。
木造の家、台風に揺れ、あまりに強いと屋根が飛ぶのではないかと心配するその存在は、父にとっておばあちゃんそのものだった。
彼の記憶とシンクロするのだ。
おじいちゃんが台風のように来て、おばあちゃんの気持ちがかき乱されるのを必死で支えようとしていたのだ。
記憶がおぼろげになっていく現在のおばあちゃんに対して、大変だ〜しっかりしてくれ!となっていたのだ。父にとっておばあちゃんの代わりは居ない。だから、代わりとなる家はないのだ。
そこまで来て、父が理解できた。だから、代わりを提案するのではなく、そうなんだね。と聴くようになった。(最初からそう出来たらベスト。笑)
大変だ〜大変だ〜と、実家を大工並みの技術で補強していた父。
今朝は、痔になって大変だ〜と言っていた。
試しにと、本「自分を愛して」(リズ・ブルボー著)の肛門のトラブルの項目を横で読み上げた。
肛門のトラブルがある人は、、(中略)、、あなたは、怒りやフラストレーションが原因で生きる意欲を失っていますッ!と、僕。
「あい、当たってる!」と驚き納得する父。
当たってるんか〜〜〜い!笑
続けて読む、「大切なのは、過去にしがみつくのをやめて、何かを終わらせて、次の段階に向かうことです。ただし、苦しみながらするのではなく、愛、喜び、調和とともにそうしましょう!、、(以下略)、、おわりッ!」
「えッ???これ飲んだら治るとかじゃないわけ????」と父。
違うさ〜、なんで痔になっているか知るのが大事でしょう、と僕。
その後、仕事をしていると、ニコニコ父が歩き回っていた。どうしたの?と、聞くと「もうすぐ、苦しいのが終わる〜♪」と父。あの口調には確かに、音符が付いていた。
父よ、あなたはどこまで素直なのですか。笑
気づいてからの、切り替えの早さに驚いて釣られて僕も笑う。幸せな時間であります。
外にでたら、すぐそこで春の訪れ。#沖縄#Okinawa#cherryblossom #やんばる #桜
ブログを母が読む
両親にこのブログを見せた。食い入るように読んだ母。翌日から、掃除への気合いの入り方が半端ない。鼻息ふがふが。笑
ありがとうございます。バランスも大事だから、ゆっくりでいいからね〜、と声かけするくらい。綺麗になる気持ち良さを共に感じている今。実家に入ってそろそろ3週間が経とうとしている。
来た当初、恐れから両親にこうして!ああして!と押し付けていたことを理解した。愛する人により良く生きて欲しい。という想いはきっと誰にでもあるはずだ。
恐れを通して、手渡したその希望は押し付けとなり、コントロールとなった。今の彼らをダメだ!と裁くことになっていた。何より、僕がこのままじゃあ、やばい!と恐れていたのだ。
父がおばあちゃんにしっかりしてくれ!と無意識に思っていたのと同じように。
今の彼らをそのまま愛する。
気持ちは伝え合い、耳を傾け合う。
そうすれば、わざわざ病気になる必要もないのだ。
僕の場合、言わないことで家庭のバランスを取ろうとしていた。意見は言わないから、病気になることで意見を伝えたのだ。命を使って駆け引きしたのだ。
だからこそ、伝え合う。のを大切にしたいのかもしれない。
写真展では母方のおじいちゃんを撮った。今度は、父方を理解していくタイミングが来ている。
出来事は違うから気づかないことが多いかもしれないが、驚くほど父、母の癖を受け継いでいる。そして、父と母はその両親の癖を受け継いでいる。遺伝だ。
両親を理解することは、自分を深く理解することに繋がる。
理解して、「じゃあ、自分にどうさせたいの?」と問うことが、
魔法のように過去を希望の今、未来へと繋げる虹をかける。
いつだって あなたの中に虹はかかる。
虹の写真は無かった。笑
下を向いていないで 空を見上げよう✨
愛を止めてちゃ もったいない
それぞれがそれぞれの愛し方で お互いを愛している
相手の愛し方が 求めているのと違う と嘆くのではなく
その奥にある愛を観ていたい
愛を受け入れる器を持っていよう
受け取った愛を流れるように
手渡そう
今日が始まり🌈🌈🌈🌈😁🌈
産みのナンチャラ/ステレオさんありがとう
近寄ってきた少女と絵を描く。肌の色に黒を選んだところを見て、外国に来たんだ!と気付く。in パプアニューギニア🇵🇬
産んでくれてありがとう
1990年の7月13日金曜日に僕は産まれて来た。あれから、28年になる。僕を取り上げた看護師達は13日の金曜日だというこで、映画のジェイソンのことをしきりに話していたという。僕にはさっぱり何のことかわからない。
この13日、誕生日に仕事をしていて、はッ!と気づく。最近のワサワサは誕生日が近いからだったー!と1人で納得し笑いがこぼれる。
やんばるの生活で色々な人と関わり、自分を深めて行く中で、誕生日が近くなると変になる場合がある。というのを知った。
自ら母を選び、お腹の中に宿り、胎内で母と色んなことを共有する内に産まれることが怖くなった。外に踏み出す一歩の勇気を育んでいる時。この不安や葛藤を無意識にその誕生日が近くなると思い出すのだ。そして、落ち着かなくなる。そんな自分が"居た"のを気づけただけで落ち着いた。
そして、1人、その過去の物語を上書き更新していく。
そういう過去があったね。そして今、そんな過去があったから素敵な経験も喜びも噛みしめることが出来る。産まれて来て良かった〜!
と、思い出したことを1つ1つ丁寧に自分の実になった大切な経験として変換していく。
経験に良し、悪しを付けてジャッジするのは自分をバラバラにしていくことだ。良い経験はもちろん、例え悪いと思える経験でさえも今のあなたを創る上で大切なピースだ。バラバラにしてあったピースを1つ1つ実になった大切な自分の一部として統合していく。そして、これからは自分にどうさせたいのか?という今、未来へ繋げていく。
朝起きてすぐ、両親に「ありがとう」と伝え握手を交わした。
感謝が出来る。これが親離れなのかもしれない。勇気が出ない、外に出たくないは元を辿れば、母の胎内の愛の中から出たくない。という所に行き着く気がしている。
自分の安心、愛が母の胎内にしかない。というのは、母の状態に自分の状態は左右されるということ。そして、いつの間にか他の誰かに投影して左右される状態を続けたり。依存だ。
ただ、今、思えるのは母の外にも愛に溢れた世界が在るという事実。あなたの中に愛は在るという事実。
自立とは精神面において、自分の中に愛があり安心もある。ということなのではないか。自由もそこに宿るのではないか。
忘れ去られたステレオを前に
家の掃除は続いております。兎に角、要らないものを片付けたかった僕は、テレビの横に使われるでもなく、ただホコリをかぶった大・中のステレオに目をつけた。父にキレイにして売りに行っていいか?と聞くと、怒り出した。いつか手入れして使いたいんだと。大切な物なんだと。
不思議に想う。
結婚したての頃、買った思い出の詰まったステレオ。大切なはずが、ホコリを被り、使われもせず20数年、そこに何をするでもなくたたずんでいる。
いつかはしたい。その"いつか"は、いつだろう。
大切な物。その大切とは、どういうことだろう。
"したい"を出来る時間を作り、"大切"を大切にする行動に結び付ける。
自分の想い、行動を大切にして欲しくて、置いてけぼりにされたそのステレオをキレイにし、アンプに繋ぎ、音を出した。
ステレオを掃除する中で、寂しさと怒りが出て来た。なんで大切にしてくれないだー!というステレオの寂しさと、そこに親にほっとかれたら寂しいという自分の想いが重なった。
20数年ぶりの音に、父がニコニコして来た。そんな父に、なんで大切にしてくれないんだー!と抑え気味にグチる。父は罪悪感を抱く。しまった。父に喜んで欲しくてしたのに。子供か!オレはッ!!!子供だッた!!!!
その日、両親とそのステレオ4つから音を出して「家族はつらいよ」という映画を観た。
笑顔の2人を見て、やって良かったわ〜と思う。
大切に想う、とはどういう状態だろうか。
愛おしいと似ている気がする。
大切な物を大切にしていない、けれど手放さないのは執着なのではないだろうか。
愛おしいと想う、そのあなたの想いを尊重しているだろうか?
その想いを自覚し、行動することが幸せに気付くことではないだろうか。
秘密兵器だと言われ続けて、
ホコリを被りながらベンチに座らせ続けるのか、
バッターボックスに立って輝くチャンスを創るのかは、
持ち主である自分次第だ。
そうだ、掃除をしよう!
今日が始まり🌈🌈🌈
夢の勘違い・まなざし
久しぶりの快晴が心地良い。
将来の夢の勘違い
子供も大人も描く夢。小学4年生の頃から僕は、将来の夢は海洋学者だと決めていた。理由はシンプルで、海が好きで、釣りが好きだから。これだ!と決めたら突き進む一本気だった僕は、ずっとその想いを持ち続け、行くと決めていた念願の琉球大学の海洋生物学科生物系という海っ!生物っ!海っ!した世界に入った。
入ってみて、周りの海好き具合に驚いた。マイ魚図鑑を持って、その図鑑に書かれている魚の名前をマーカーを入れて記憶している人がいたり。講義の前に海にダイビングに行って、講義の後にもダイビングに行く海クレイジーな人たち。「あれ、おれ、全然、海クレイジーじゃないやッ!!!」と気がついてからは、気後れして海が好きですなんて言えなくなっていった。
夢は勘違いしても、何度変わっても良いと個人的に思っている。ただ無理してまで持とうとしなくても良いとも思っている。今までを否定する必要も、今を否定する必要もない。これからを、この瞬間からをどう生きるか。なのではないか。
最近になって自分の夢の勘違いの謎が解けた。
海が好きで、釣りが好きだった。そこには父の姿があった。父と釣りを始めたのが小学4年生。海と釣りがただ好きというシンプルな想いを超えて、夢にまで膨らませたのは「父」と「一緒」に「遊べる」思い出だったからだ。
その時の喜びをもっと持ちたくて、広げたくて幼き日の僕は将来の夢とした。それを理解できたとたん、体が軽くなった。ゆっくりと心で感動が広がった。
「大好きな人」と「一緒」に「遊べる」ことをしていたいのだ。その舞台と道具は変わって良い。
子供は、もしかしたら与えられることより、「一緒」にすることを求めているのかもしれない。少なくとも僕はそうだった。あなたはどうだっただろうか。
年齢関係なく、好きな人と「一緒」に楽しめる自分で在りたい。
まなざし
ここ数日、掃除・家事をする中、眼差しについて浮かんでくることが多かった。今は、幼き日の自分を理解する月間のようだ。
子供の頃、求めていたのはなんだったのだろうか。モノ(おもちゃ)なのだろうか。モノはわかり易い。親からしても、与えた気持ちになれるし、与えられたモノを手に喜ぶ子供を見てわかる。それは枝葉でしかないのではないだろうか。一番は、親の愛なのではないだろうか。
それは、眼差しからも伝わる。視線はただモノを見ているだけで、眼差しには愛する人へ愛するモノへの「愛」が含まれている。だから愛(まな)差し。愛を差し出す行為だ。
あなたの眼から注がれる愛を通して人は育つ。幹は太くなり、根は深く伸びる。感受性は開き、眼差しを送れるようになる。人の内に在る愛にスイッチを入れる。
今まで、ずっとその眼差しを注がれてきたんだ。
子供を持つお母さんは我が子に対して、恋人がいる人には恋人に、家族に、自分の眼差しを感じながら観てみるといいかもしれない。
愛に溢れた眼差しを送ってくれていたその方々が脳裏に映る。そんな数日だった。
「ありがとう」
「ごめんなさい」
と言える
純朴さを
大切にしたい
今日が始まり🌈🌈🌈🙌
カタチではない資産を携えて
陽を浴びて水分が飛び硬くなる。最後には火を浴びて固い石(意志)となる。家業の焼き物
振り返って初めてわかることがある
7月1日、やんばるの森の生活から離れた。そして、今、程よい森の中の実家にいる。
生活の拠点が変わるので、ともに暮らした仲間と節目の挨拶を交わした。今までの人生にない人間関係だった。気持ちの上での繋がりではなく、確かな実感のあるものとして繋がりを感じていた。喜びも、時には悲しみも共有した。お互いの話に深く耳を傾けあった。惜しみない愛が溢れていた空間、自然、そして人。
仲間の一人がこう僕に言った。
「初めてきた時は、死人のようだった。そこから、生きようと変わっていく姿、勇気を見せてくれてありがとう。」
命の道標を書くとしたら、あの時が分かれ目だった。命の分岐点に立った僕はそこから逃げなかった。それは誇り。
実家では、ひたすら家の掃除と家事をしている。朝4時には起きて6時前から掃除、9時からは仕事。夕食を食べ掃除をして、夜は早めに寝る。掃除は自愛に直結している。子供(僕を含めた)のために自分を差し置いて頑張ってきてくれた両親。今までに感謝をするとともに、これからは自分を大切にして欲しい。自分は犠牲になるからあなた達は幸せになって。という姿勢は過去のものとして、あなた自身を大切にして欲しい。それが子の喜び。自分の身の周り、使うもの、生活空間を美しく、清潔に整える掃除は、自分を大切にするということ。健康で楽しくあって欲しいと恥ずかしがらずに親にも言えるようになってきた。
二日ほど、一人で掃除をやってみて、あ〜ダメだ。と何度か心が折れそうになった。家の全てを一人で掃除は出来ない。
一家の主人が掃除に無意識に反対(めんどくさいなど)していると、面白いほど掃除が進まない。人の家の掃除の経験から得た知恵。
そーだ、一緒に掃除をしたらいいんだ!と、気づく。
とめどなく出てくるアイディアをメモしながら、どう伝えたら受け入れ易いかを考える。
最初は不機嫌になった父。でも、大きな器の彼はもうその日に仕事を休んで身の周りの掃除を始めた。元々、綺麗好き。始めたら途中で辞められなくなる。自分の思う完璧になるまで。だからこそ、掃除を始めなかったりする。
それにしても、仕事休まなくても。。笑
極端。そこは受け継いだ僕。
基本的に人と接する時はアスペルガーの性質を意識してみる。相手を理解しやすい。
両親とちょっとずつ掃除を始めています。
アスペルガーについて
カタチではない資産をいっぱいに抱えて
生きる上で大切なものはなんだろうか。一つに絞るのなんてナンセンスかもしれない。今、すごく驚いていることがある。
やんばるに行く前と今の自分が別人のようだということ。不思議なくらいに。
焼き物の仕事で雑用など、つまらなさしか感じていなかったり。極度の飽き性だった自分が草刈りでさえも楽しく感じれる。喜びが湧き上がる。
視野が狭く、感じられない自分だった。それが視野が広がり、アイディアが降りてきて、感じられる自分になった。今、振り返ってわかる。
この振り返ってわかる。というのが、成長なのかもしれない。
やんばるでの生活は給料はない代わりに、スタッフとして生活費はただだった。
今の社会の枠組みではちょっと特殊だ。
いわゆる、有形資産であるお金を介さない生活(僕個人でみると)。
不思議とまで感じる、この成長は無形資産の賜物だ。それは自分についての理解、暮らしの基礎、人との関わり、初めてのことへの挑戦という経験、など更に深い所まで。
カタチではないから、わからなかったけれど、以前と比較できる環境に身を置くと驚くほど違う。もちろん、まだまだおこちゃまな部分をたくさんあるが。
踊り出したいくらいに嬉しい。
有形資産、無形資産、そしてこれからの生き方の参考にキットなる本{おすすめ}
LIFE SHIFT
何度も、も〜〜。ってなりながら。
両親と、自分と向き合う時間。
生きることをただの修行にしてはもったいない。
楽しむことを忘れず、今、一つずつ進もう。
やわらかく
どんなカタチにでもなり
こだわり や 執着とは違った
芯からの硬い意思を持つ
今日が始まり🌈🙌😆
からっぽの自分から出るのはな〜んだ!
なにもしなくていいんだよ。ゆっくり休んでいいんだよ。
やんばるでの生活もあと3日で終わる。ここでの生活はゆったり暮らすというのがベースにある。世間でいう花金もなければ、週末の休日もない。その代わり、安息日をもうけている。それは満月と新月の日。その日だけは何も仕事をせず精神を休め、毎日、消化に精出す身体を休めるために断食をする。人の身体は月の周期と連動している。自然のリズムに沿った生き方をしようと行き着いた暮らしの在り方。
そして昨日は満月だった。その安息日だった。
とりたて決まりは無いけれど、外出はせず、あまり話さず、それぞれがそれぞれの安息を過ごす。なにもしなくて良くて、ゆっくり休んでいいのだ。
いつもは5時には起きて、ストレッチして6時からは作業や掃除を始めるのだけど、寝れるだけ寝てみた。やっぱり、リズムってすごくて頑張っても7時には起きた。寝ているテントを朝日が包み込む。起きる時間だよ〜と教えてくれる。鳥は唄を歌い、虫は身体を楽器に音楽を奏でる。どれもが一日の始まりを告げる合図。心地良い。
起きてストレッチをして想う。
今日はなにをしようか。あ、なにもしなくていいんだ。
なにもしないってどうすればいいんだ?ん〜〜。困った。断食だしな〜。映画みよッと。
結局、映画2本と本1冊を観たり、読んだりした。
全然なにもしてなくない!でも、それはそれで良し。
自分の物語を直視できるだろうか
今回の安息する日でわかったのは、「動かずにはいれない」ということだ。ごはんを食べること、仕事をすること、何かをすることで隠れていた自分が、なにもせず、食べもせずの環境に置くと出てくる。病気を経験した中で食事制限をしていた自分は、ダメだ!というと強烈にそのダメを意識する。断食はまさにその集大成。食べなかったら大丈夫だろうか。という無意識の叫びは身体の痛みとなって現れた。もちろん1日食を抜いたくらいで死なない。なんてことない。過去の様々な物語が押し寄せる。そうだ。その物語と向き合いたくなくて、動かずにはいれなかった。物語とは感情だ。成長した今なら、あの時のあの自分を理解して解き放つことができると思える。
慰霊の日にて、祈る
沖縄には6月23日、慰霊の日という終戦記念日がある。沖縄出身の僕には毎年、巡ってくるその日に形だけは黙祷を捧げてみても、心からの想いがこもっていなかった。というのを今回、実感した。
(ここからの話は賛否両論あると思いますが、実体験をそのまま綴ってみます。)
その一日は、身体が重かった。敏感なメンバーそれぞれがそれぞれの感性で慰霊の日を感じていた。外出から帰ってみると仲間の一人がしんどそうにして、寝っ転がっていた(そういう事は少なくない)ので声をかける。身体を触ってみる。器の大きなその人は戦争で亡くなっていったたくさんの御霊を引き受けていた。彼らを引き止めていたのは、想い、感情だ。自分が生きたことは無駄だったんじゃないか。無意味な死に方をしたんじゃないか。戦争を生き抜いた人が感じるのは罪悪感だったりする。僕はおじぃの罪悪感を感じた。
今、こうして生きている自分にできることはなんだろうか。
自然と口から言葉が流れ出る。
苦しかったですよね〜。あなた達の死は無駄じゃないですよ〜。感謝していますよ〜。あなた方のおかげで命の大切さ、ぬちどぅ宝を教えてもらいました。ありがとうございます。ありがとうございます。
生き延びていただいた方々、あなた達が生き抜いてくれたおかげでぼくは生きています。生きていてくれてありがとうございます。命をつないでくれてありがとうございます。
感謝の言葉を送るたびに上へ、上へ、と還っていかれる方々の歓びが身体を通る。それとともに溢れようとする涙があった。これはぼくの涙か。彼らの涙か。
いつの間にか身体は軽くなり熱を帯びていた。
生きている僕らにできることはなんだろうか。
過去の大変を受け継ぐことなのだろうか。違う気がする。
きっと、過去から学び、感謝し活かすことだ。それが誰かを生かすことに繋がる気がしている。そして、それにはまずあなた自身が幸せであることだ。湧き溢れる笑顔が、あなたの中の平和が一番の世界平和に繋がる。
この日を迎える度に、その理解は深まって行くのだろう。
祈りとは感謝だった。
貢献とは湧き溢れる笑顔だった。
その愛を、同じように自分に向けているだろうか。
からっぽになった自分から出るのはなんだ
最近は、情緒について想いを巡らしている。情緒の不安定な原因を調べてみると、幼いころに満たされなかった想いから引き起こるようだ。ぼくは情緒が不安定な時がある。そんな時、自分を観察してみると、幼い幼いふくれっ面の自分が出てくる。甘えん坊な自分だ。ちいさなことで駄々をこねる自分だ。幼子なりに考えて動いてダメだと思って諦めた自分だ。大人になった今、できることはそんな自分の些細で取るに足らないと思ってしまいそうなその感情を理解し、その中の勇気や学びに光を当てること。満たされなかった想いを自ら満たす。現在のホントに小さな出来事がキッカケとなり、過去のドラマが顔を出すだけだ。
恥ずかしさからは、もう突き抜けそうだ。自分を大切にするんだ。情緒の安定が、自分の人生を創っていく。せっかく生きるなら、笑顔に彩られた人生にしたいじゃないか。
さぁ〜〜〜!やるよ〜ッ!
ひやみかちッ!!!!🌈🌈🌈🌈
(沖縄方言:えいやっ!と起き上がる/気合だ〜!)
わからないまま、そのまま行こう。
ニュージーランドでのトレッキングの一コマ。屋久島とそっくりな緑の世界に驚いた。
やりたいことがわからなくなる時があった。過去
夢がある人が好きで、尊敬していて、そんな自分でありたいと思っていた。大好きで尊敬する人はいっぱいいるけれど、イチローと武井壮は特に好きで。彼らの意識をコピーしたくて、焼き物の絵付けの仕事をしながら何度も彼らの話をリピートして聴いていた。いつからだろうか、いつしか夢があるのが生きる意味とまで思っていた。そしてそれは夢がない自分、やりたいことがわからない自分を否定することとセットになっていた。どうしても追いかける対象が欲しくて、ひねり出してみたり、真似してみたり。
気まぐれに降った雨で現れた水たまり。晴れた空を綺麗に写すその小さな水たまりにカエルが卵を産んだ。暑い日差しの中、生まれたおたまじゃくし。その子達の成長とは反対に、水溜まりは小さくなっていった。大きな人の手によってその子達が大きな池に引っ越した後、水溜まりは消えた。
湧き上がるものに従っていない夢は、動いてみても泉がないからすぐ乾く。上手くいかない。どれだけ自分に喜びの雨を降らせることができるだろうか。キュートな音符に似たおたまじゃくしが、カエルに変身し喜びのゲコゲコを歌うように、自分なりの音を奏でられているだろうか。シンプルな自分の喜び。それは外に、外に、と求めるほどずれていく、内から湧き上がるオリジナルの音。
ボタンの掛け違いなんて言えないくらいにズレた状態で夢を追いかけていたけれど、やっぱりそこには辿り着いてはいなかった。大きな口して夢を語った友人達には、蜃気楼でしたッ!て、ちょっぴりはずかしい思いして辞めたことを伝えた。
そんな時があった。
やりたいことがわからなくなる時がある。現在
あれから、今。
今でもやりたいことがわからなくなったりする。そこは残念ながら変わっていない。(変わってないのかよー!!!)
いや、全然、残念ではない。わからないということをわかることが出来るようになった。だから考え続けることが減った。源は内にあると気がついたので、自分をよく観察するようになった。何にときめき、何に飛び跳ねたくなるのか。自分を知り、感じるようになってきた。どこでもない遠くを見つめていた迷子が今では、今日、あれしたい。これしたい。と目を輝かせ、日常を彩るようになってきた。今日が全てに繋がっていく。
ただ単に、自分を信じきれていなかっただけ。生きているだけでもう既に幸せなんだから、あとは遊ぶだけだ。失敗も成功もひっくるめた壮大な自分を使った実験。
以前、病気で部屋に引きこもっている時、ああ、これを経験したくて来たんだな。と思った自分がいた不思議。
今いつも自分に問うことは、
「自分にどうさせたい?」
全て経験だ。内側に軸を置いた上で、外側で何を経験させるのか。
「内側に軸を置く」というのは、「主体性を持つ」と同じ。そして感じることだと思っている。
数年ぶりに会えた友達が、素敵な感性からの言葉を伝えてくれた。
ああ、それは「風を感じる」っていうやつだね。
風を感じてみる。
やりたいことがわからなくなる時がこれからもきっとある。未来
これからもわからなくなることはある。きっと。
それは、自信を失くしただけかもしれないし。休憩したいだけかもしれないし。やりたいことへのワクワクを恐れと勘違いしているだけかもしれない。
壮大な実験を喜劇にするか悲劇にするか、ハッピーが溢れたものにするかは全て自分次第。
実験なんだから、決めてしまってやってみる。実験なんだから。
喜びの雨の中
一歩一歩軽やかに
スキップするように
風を、雨を感じて進もう
パプアニューギニア🇵🇬にて。飛び込む少年去年の暮れ#jump#png#ocean#backpacker #海外旅行 #バックパッカー
いや、飛びこも〜〜〜う❗️😆🙌🌈🌈🌈🌈🌈
きよひと